JW(エホバの証人)とAndroid

Android端末を使いこなしたい兄弟姉妹たちのために書いています。

原稿も必要、筋書きも必要

野外奉仕の集まりの時、愛する妻が正確無比な紹介の言葉をコメントしたので、チラリと手元のスマホを見たところ・・・・

f:id:LinXiaoHong:20171015224637p:plain  f:id:LinXiaoHong:20171015224657p:plain

ははーん、証言例のビデオからこういうのをメモしてたのですね。これはこれで良いアイデアです。

 

     地震リスクの高い本州太平洋側では防災関連の記事は有用性が高く、このモデル証言から会話へと繋いで、見識を深めたいところです。中には災害に備えてすごく準備している家の方もいるんですよ。リアクションは本当に百人百様です。

      でも、ここまで想定どおりの会話になるとは限らないのが現実世界です。

証人として志すもの

     日本国内に限ったことではありませんが、筋書きを作ることはできても、筋書きを用いることが出来る人は、あまり多くありません。手元を見てはいない人であって脳内に記憶した原稿を思い浮かべながら言葉に変換しているように見えます。

     端的に言うと、メッセンジャーの中での優先順位が 資料→主題→相手 のようになっています。願わくば、相手→主題→資料 という優先順位で会話を始めて続けたいところです。

      自分がうまく話せるかどうかを気にするよりも、まず相手に応じたテーマを見極めて、そのテーマを裏付けふくらませることができる資料を収集して、それから話に盛り込む技術が必要になってくるのではないでしょうか。

    この技術を習得するにはとにかく筋書きの用い方(作り方とは少し異なる)をマスターするよりほかはありません。

そもそも筋書きって?

筋書きは英語でアウトラインといいます。図にするとこんな感じになるかもしれません。話を単純化するために、星マークの形をした概念を相手に伝えたいとします。

f:id:LinXiaoHong:20171015225607j:plain

上のようなイメージの筋書きに基づいて話を割り当てられたとき、筋書きをふくらませるという意味を誤解した人の話は下の図のようなイメージになります。

 

f:id:LinXiaoHong:20171015225620p:plain

     うん、星を星として伝えていますから逸脱はありません。でも、これでは筋書きをなぞっただけです。ミスはないのですが、生真面目さが仇となっています

    「理屈としては正しいが感動できない話」は実在します。それは、話し手が遺漏なく情報を伝えることを聞き手の必要を満たすことよりも優先させてしまった成れの果てと言えるでしょう。

     方程式に数字をはめ込むかのように、資料や聖句を所定の位置に代入しただけでは、絶対に人を動かす話にはなりません。「筋書きにはこう書いてあります」なんてネタバレ同然の発言をするのはナンセンス極まりないと思います。

筋書きのほうが良い場合

     ズバリ、心をわしづかみにするには筋書きにもとづいて自由に話すのが絶対に有利です。

    海外に在住中特開者や宣教者の講話を数多く聞いてきましたが、なんというかライブ感がまったく違います。聴衆の反応をリアルタイムに察して、グイグイ引っ張っていくような話し方にはカルチャーショックを受けました。

    そういう話し手は手元の原稿をほとんど見ないのはもちろんですが、だからといって個人的な見解や聖書と一致しない説明もありません。そのようなミスをおかさないための準備をしていることがわかりました。

 

    仮に彼らが、前述の星印の筋書きを用いていたのであれば、下図のような表現をしていると思います。

f:id:LinXiaoHong:20171015225627j:plain f:id:LinXiaoHong:20171015225633j:plain

     筋書きに基づく立体的な表現です。人によって、表現の仕方には明確な差異が現れます。こうした差異は筋書きをなぞるだけの朗読では起こり得ない現象です。

そうであっても、超えるべきでない一線を超えてはいないのです。

恥の文化が邪魔しているのか?

     各国首脳のスピーチを見比べるとわかりますが、日本の政治家のスピーチは、もっぱら目線が官僚の準備した原稿に釘付けで訴求力が感じられません。

     他国に比べて「言い間違いを非常に心配する」完璧主義的な傾向が足かせになっているきらいがあるように思われます。

     真の雄弁家には交響楽団の指揮者のような表現者としての素質も求められると痛感します。楽譜をなぞるだけの演奏に感動はありません。

     話し手にとって自分が言い間違いなどのミスをして恥をかかないことが、最重要になっている限り、その話はステージから一歩も先へ羽ばたいていかないように感じます。

 原稿のほうが良い場合

     しかしながら、準備したとおりの原稿を用いるのが最善のケースもあります。それは外国語での証言や講話や集会の進行です。

     そういう場面では不正確な表現は通じません。むしろ徹底的に準備した証言を丸暗記して述べるのが最善なケースもあります

     冷たい言い方に聞こえますが、外国語の証言は、言いたいことが通じないなら、所詮は自己満足に終わります。相手の方はその人徳ゆえにフォローしてくれたり、礼儀正しくしてくれたりしますが、理解していません。

     せっかくの証言は文法や発音の不正確さ故に空を切る結果になります。

JWLanguageの練習ではこうした基礎練習を徹底的に行うことが可能です。

今週は公開講演の準備も重なり、このような雑談に終始してしまいました。読者の兄弟姉妹には待ちぼうけを食らわせていますね。

何とか数時間だけでもフリーな時間が作れないか探してみます。

では、台風がせまっていますので、お気をつけて。